儒教の始まりとして孔子が〈仁〉の徳を説き、後に孟子がその要素を二つに分けて〈仁〉と〈義〉の徳を説いたと言われています。〈仁〉の徳を身に付けるために為すべきこととして、具体性のあることとして〈義〉の徳目が示されたということです。〈義〉とは「規範意識」や「人としての正しい道」とも言い換えられるように、心中に兆した利己心を、自ら克服しようとする意志のことをいうようです。

 十七条憲法が、朝廷に勤務する官人に向けた心掛けを説くものであったことを思うと、〈義〉の章の前段にあたる[第八条]は、まさに初心の者に告げておかなければいけない、第一の忠言として相応しいことのように思われます。

 

【第八条】もろもろの官吏は、朝は早く役所に出勤し、夕はおそく退出せよ。公の仕事は、うっかりしている暇がない。終日つとめてもなし終えがたいものである。したがって、遅く出仕したのでは緊急の事に間に合わないし、また早く退出したのでは、かならず仕事を十分になしとげないことになるのである。 

 

 ここで言われている内容は、憲法の中にある条文としては、あまりにも素朴な内容に感じられます。それはまるで、中小企業の事務室の壁にでも張ってありそうな、社長訓示のような内容にも思われます。

 しかしながらこの条文を〈義〉すなわち「人としての為すべきこと」として読み取るなら、人間社会において誰もが気をつけなければいけない大前提のこととして、まずは押さえておかなければいけないことを言われているように思われます。

 当たり前に思うようなことだからこそ、どんな人にも、どんな状況においてでも、当てはまることなのです。会社であっても役所であっても、どんな集まりであっても、複数の人が協働して何かを成し遂げようとするなら、まずは時間の約束から守れなければ、信頼関係は築けません。

 自分が約束を守れなかったときには、仕方が無かったんだと思いがちです。けれどもひとに約束を破られたときには、それをあっさりとは許せません。自分に甘く、他人に厳しいというのが、私たちの本性です。

 公共的な役割に就いて何らかの計画を成し遂げようとするなら、まずは時間の約束を守ろうとすることから、確かに意識しなければいけません。自己中心的な考えで自分本意に行動しがちな私たちですが、社会を生きるには、他者と協調しなければいけません。時間の約束は、その基本となることなのでしょう。

 

 そしてまた、公共の場において必ず意識しなければいけないこととして「公平性」ということがあります。次の中段[第十一条]には、利己心から起きる不公平に対する戒めが説かれます。

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