◉聖徳太子論考の参考書籍

 聖徳太子の論説は玉石混交にして数多くありますが、これより筆者なりの「聖徳太子観」を論じるにあたっては、その前提となる知識や考え方を絞っておく必要があると思います。そこで当小論では、以下の三書籍を基本的な参考文献とさせていただくこととしました。

 

坂本太郎 著『人物叢書 聖徳太子』(吉川弘文館)

 坂本太郎氏(1901-1987)は、昭和期における古代歴史学の大家で、戦後昭和期の歴史教科書の編纂にも深く関わっていたと言われます。ここにまとめられているものを、聖徳太子に関する一応の定説として参考とさせていただきたいと思います。

 

東野治之 著『聖徳太子 ほんとうの姿を求めて』(岩波ジュニア新書)

 東野治之氏(1946-)は、1400年遠忌記念特別展『聖徳太子と法隆寺』図録の巻頭言も担当されている現代の歴史学者です。岩波ジュニア新書という若年層向けの新書シリーズからの出版であることからも察せられるように、現時点での聖徳太子の定説を、次世代に向けてまとめられた内容です。

 

中村元 著『聖徳太子 地球志向的視点から』(東京書籍)

 中村元氏(1912-1999)は、インド哲学者、仏教学者、比較思想学者として名高い碩学で、東アジア史としての視点から飛鳥・奈良時代の歴史を、比較思想的に考察されています。

(当小論における十七条憲法の現代語訳は、すべて当書籍に掲載された文言を引用させていただきました。)

 この中で中村元氏は、聖徳太子の著作とされる日本最古の書物『三経義疏』に関する歴史家の真偽論争について、以下のように述べられています。

 

三経義疏の著者が実際に聖徳太子であったかどうか、あるいはそのうちの一つが偽作ではないか、ということを学者は盛んに論議しているが、それは歴史研究者にとっては重大問題であろう。しかし、思想研究者にとってはどちらでもよい問題なのである。この場合、真作論者も偽作論者も、権威主義的恣意にとらわれているようである。

真作論者は三経義疏が聖徳太子の真作であると主張することによって三経義疏の権威を高め、またそれとともに聖徳太子の偉さを立証しようとする。聖徳太子はこんなに学問があり、かくも思考力が秀でていたといいたいらしい。これに対して、偽作論者は三経義疏が太子の真作でないと立証することによって、その権威を滅殺し、また聖徳太子はたいして学問のあった人ではなかったといいたいのであろう。(中略)

しかし、思想研究者が第一義的に問題とすることは、書物のなかに書かれていることが真であるか、偽であるか、価値があるか、あるいは無意義であるか、ということである。たとい帝王や執政者が実際に書いたものであったとしても、人間の真実をとらえていなければ、それは価値の乏しいものである。反対に無名の庶民が書いたものであっても、その所論が正しくて人間の真実を把握しているならば、その書は尊重されるべきである。

 

 中村先生の言葉から、聖徳太子を論じるにはその動機こそが大切であると知らされます。これより『十七条憲法』の解読に取り組むにあたり、その思想に「人間の真実」を探ることこそ、当小論の第一義としたいと思います。

頁. 1 2 3