かつての葬送儀礼は、親族や地域、職場など、日頃からのお付き合いの中で執り行われる社会的慣習として、その形式は従来より定められているものでした。
しかし近年では、葬儀社などの専門業者に葬送の進行を依頼し、提示されたサービスや形式の中から、それぞれの事情に応じて選択していくことが一般的になってきました。その中には、「派遣僧侶を希望しますか?」という選択項目もあるようです。
つまり、日頃から特定の寺院とのご縁がなくても、葬儀の際に読経をする僧侶を、一度限りで依頼することもできるようになったということです。
これまで、家の儀式として門徒寺の僧侶によって「仏式」で執り行われることが通例であった葬儀式。では、僧侶が法衣を着て、定められた読経や儀礼を一通り行えば、それだけで「仏式」であると言えるのでしょうか。
そもそも、私たちが「仏式」と呼んでいる葬儀には、どのような意味があるのでしょうか。
一生に一度の大切なご縁を「仏式」で営むことには、どのような意義があるのでしょうか。
今回の報恩講では、この「仏式」という言葉をあらためて問い直し、浄土真宗の葬送儀礼に込められている念いを、慶集寺住職の立場からお話しさせていただきます。
令和8年11月3日(祝日・文化の日)
慶集寺 報恩講
会場:慶集寺 新御堂
お一人さま2000円からのお志のご協力をお願いしております。
開場10時 午前10時半より『 正信偈 』読経
午前11時頃より
慶集寺住職による法話「 仏式って何だろう? 」

法話の後には、参加者の皆様からの、葬送仏事に関する疑問質問にお答えする時間を、正午頃まで設けさせていただきます。この機会に、何でもお気軽にお尋ねください。
これまでお寺にお参りする機会がなかったという方々にも、広くご参加いただきたいと思っています。みなさまお誘い合わせの上、慶集寺の報恩講へお参りください。お待ちしております。




