四苦八苦・乗り越えられないことはない

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どんな人も、楽を求めて、苦は遠ざけておきたいものだと思います。

けれども、人生の悲しみや生きづらさは誰もが感じざるを得ないことであって、煩わしさや悩みを抱えながら、それでも生きていかなければいけないのだと思います。

 

親しい人を亡くすということは、誰でも、いつかは経験しなければいけないことです。

そんなときには、悲しみの感情だけでなく、様々な思いが押し寄せてくるもので、人と人との関わり合いに、心が揺れ動いてしまうものだと思います。

けれども、そうした感情を「縁」として、仏教に出遇うということもあるのだと思います。

 

仏教とは、覚えておけばいつかは役に立つだろうというようなものではありません。クイズ王が回答するみたいに、ただ知識としてそれを記憶しておけばいいようなものでもありません。

自分の身に引き寄せて、腹から納得して、心から肯く気持ちにならなければ、仏教に出遇えたとは言えないものなのです。

 

楽しくて嬉しくて、気持ちよくて、夢中になっているようなときには、人間とは何か? 人生とは何か? なんて考えることは、まずありません。苦しみや悩みを抱え込んで、どうしようもなく辛くてやりきれなくなったときに、それを「縁」として、はじめて仏教に出遇うのだと思います。

 

私は寺の住職として、ご門徒方のご葬儀をお勤めさせていただきます。

ご遺族の方々にさまざまな思いが押し寄せるお通夜の席にあっては、どんな慰めの言葉も、気休めにさえならないように感じます。けれども、だからこそ、必ず仏教の入門となる教えを、お通夜の座をご縁としてお話しさせていただきます。

それは、お釈迦さまが説かれた最初の説法の教えです。

それを「四苦八苦」の教えといいます。

 

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