はじめに-FAIRYLANDからアミタへ そして阿弥陀の世界-

2015年の冬の日、写真家・石黒健治氏から一冊の新刊写真集が届けられました。

題名は『不思議の国 FAIRYLAND』

 

 

二十歳の頃に友人を介して偶々のご縁をいただき、それからは人生の要々で私の行き方を方向付ける重要な示唆を与えてくださった石黒先生。その尊敬する師から直々に送られてきた新作の1ページ目をめくることは、深呼吸して背筋を伸ばして向き合うような、特別な儀式のようなことでした。

収録されている94点の写真は、撮影された時代や場所や状況が個々に説明されているわけではなく、様々な写真が一見無秩序に、けれども不思議と調和のとれた構成で、一編の作品としてまとめられていました。

1ページ1ページをじっくりと眺めて最後のカットを見終えたとき、しばらくはただ不思議な余韻に浸るほかありませんでしたが、それからもう一度、二度、ページをめくりながら自分なりの言葉を探して、お礼のメールを送らせていただきました。

そのときのメールがのちに、思いもしなかった不思議な展開をはじめます。

まずはメールの一文を、抜粋して以下に。

 

 

私たち浄土真宗の信徒がとなえる「南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)」いうお念仏のなかにある「阿弥陀(アミダ)」という言葉は、サンスクリット語の 「amita(アミタ)」 が、中国に渡って漢字に音写されたものです。

「a-mita(ア-ミタ)」とは、否定接頭辞の 「a(ア)」と「はかる」という意味の 「mita(ミタ)」 によって成る言葉で、これらが組み合わさると「はかりしれない(無量・無辺・無限・永遠)」という意味になります。

理性を働かせて「はかる( 量る・計る・測る・図る )」ことで、ひとは何かを「分かろう」とします。けれども私たちは、人間の意識を越えた「分けることのできない(分からない=不可思議な)世界」のなかにあります。

人間の思い計らいを遥かに超えた「阿弥陀の世界」があることを、浄土経典『仏説阿弥陀経』には説かれています。石黒先生の撮影された「不思議の国」には、不可思議なるひかりといのちが、自然に映し込まれているように感じられます。

禅者・鈴木大拙博士は「 浄土はまさしくここにあり アミダは実はわれわれ自身 」という言葉を遺されました。

私たちの生きるいまこの世界にも、極楽浄土の阿弥陀の光は、届いているのでしょうか。

私たちの世界の隅々までを、照らしているのでしょうか。

 


 

このメールの内容に関心を持たれた石黒先生からいくつかの質問をいただき、それにお答えすることに始まって、往復書簡を交わしあう好機に恵まれました。

そうした交流のなかから自然と湧きあがってきた展望。それは、私にとっての座右の経典『仏説阿弥陀経』にインスパイアされてそれまでに記してきた文章を、石黒健治氏の写真とともにインターネットで公開したい、という思いでした。

2017年秋彼岸の中日、富山を訪れられた先生にそのことを告げると二つ返事で快諾していただき、しばらくして『不思議の国 FAIRYLAND』に掲載されたすべての写真のデータが送られてきました。またその後には、デジタル以前のフィルムの時代に撮影された写真群も見せていただき、それらを公開してもよいとのお許しをいただくことができました。

それらの写真は、新旧幅広く世界各国でさまざまな対象を被写体として撮影されたものでありながら、すべてに通じる一貫した作家性の見られる、写真家・石黒健治氏ならではの代えがたい魅力のあるものでした。そしてそれらは、自分なりの表現で仏教を伝えてみたいという私の思いを、強く揺さぶり動かすものでした。

そうして、自身の法話のなかから数十片の短いフレーズを切り取り、それらと石黒氏の写真とを組み合わせて再構成する「カットアップ」の実験が始まりました。

そしてそれがやがては、[石黒健治・写真 + 言葉・河上朋弘]を制作者とする『アミタ-ひかりといのち-』という共同作品として、実を結ぶこととなります。

 

 

『アミタ-ひかりといのち-』は、蓮如上人が書簡や寄り合いといった往時のメディア(交流の媒介)を駆使して「御文章」という伝道手法を広められたように、インターネットや空間インスタレーションという現代的な手法を活用して、仏教を表現しようとする試みです。

また『アミタ-ひかりといのち-』は、親鸞聖人が仏教に親しみのない人々にもそれを伝えたいと願って詠まれた「和讃(和語を用いた仏教讃歌)」のように、心を以って心を伝えようと試みられた実験的な作品です。

あくまでも浄土真宗の教えに基づき思索を重ねて制作された作品なのですが、あえて専門語を用いず視覚的感覚的に表現されたものなので、一見するところではそれが仏教の一表現であるとは思われないかもしれません。

これを仏教の文脈で読み取っていただくには、ふたたび浄土経典を引用しながら、それを解釈して説明し直すことが必要となります。

これから執筆をはじめる『不思議の国・阿弥陀の世界』という一連の文章は、インターネット公開されている『アミタ-ひかりといのち-(全6章・400フレーム)』の流れに沿って、従来の論釈にとらわれず「仏説阿弥陀経」を自由に読み解き、一般の方々にもその魅力をわかりやすい言葉でお伝えしようとする試みです。

『不思議の国・阿弥陀の世界』と『アミタ-ひかりといのち-』の両方を併せてご覧いただくことで、それらの示すところを、相補的に感じ取っていただければ幸いです。

 

以下に、現在構想している全体像を章立てにして、

① 無量の世界
>>>  Ⅰ 思わず 触れて 見る

② 存在と名前
>>>  Ⅱ 七つ目の方角

③ この娑婆を生きる
>>>  Ⅲ 六道をめぐる

④ 已に、今、当に
>>>  Ⅳ めぐりめぐりほどける

⑤ 極楽浄土と阿弥陀仏
>>>  Ⅴ 満ちみちてある空

⑥ いまここにともにある
>>>  Ⅵ その声に耳をすまして

 

私にとってのライフワークとして、これに取り組んでいきたいと思います。

ひとまずは『アミタ-ひかりといのち-』をご覧ください。

 

石黒健治・写真 + 言葉・河上朋弘
ア ミ タ – ひかりといのち –

合掌 南 無 阿 弥 陀 仏

慶集寺 釋 朋弘