①いまなにをどう信じるか・因果と縁起

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◉自分自身の主体性を説く

「因果応報」という言葉は、過去の善悪に応じて現在の幸や不幸といった果報があるという意味で用いられます。また「自業自得」とは、自分のした行いの報いが、やがては自分に返ってくるという意味で用いられる言葉です。

大体にしてこれらの言葉は、世間的には悪い例に関して用いられることが多いようです。しかも他者に起きた出来事に対して、過去のことを殊更にあげつらって「自業自得だ」とか、「因果応報だ」とかいって、責め立てるようにして使われることが多いようです。

 

しかしながら、本来の意味でいう「因果応報」とは、過去の自分の行いを原因として、現在の自分が結果として形作られているという、厳然としてある事実のことを言います。それはまた、現在の自分の行いが、未来の自分を形作っていくという事実でもあります。

自分の行為が世界の何らかに影響を与え、同様に世界の様々な事柄が自分に影響しているということは、間接要因としてはたらく「縁起」の、相互関係性を示す事実なのです。

 

そしてまた、自分が行ったことは、必ず自分にとっての「直接要因」となることも事実としてあります。自分のしたことは必ずその後の自分に影響するのです。それは、誰もが受け入れざるを得ない、ありのままの事実であって、このことを「自業自得」といいます。

これまでに行ってきた善いことも悪いことも、すべては自分の身に引き受けていかなければいけません。自分とは、これまでの積み重ねの上にあるものです。いまここある自分は、これまでに行ってきた過去の上にある、ただ一人の自分です。善いも悪いもかけがえのない、ただ一人の私なのです。

 

仏教本来の考え方で説かれる「因果応報」「自業自得」とは、私たちの世界にはたらく「自然の道理」をいうものです。それは私たちの精神が、絶対的な力を持つような何かに支配されたり、何らかの宿命的な過去に拘束されたりしないようにするための、主体性を重んじる捉え方です。

善いも悪いも「自業自得」「因果応報」であって、自分の過去を受け入れることから、現在の意志によって、未来を切り開くことが出来るということです。

未来は今の自分次第ということです。

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