問?答! ①お布施の相場っていくらぐらいなものですか?

最近はご葬儀の際に喪主の方から必ずといっていいほど尋ねられるようになったのが、「ご法礼はどれほどお包みすればいいのでしょうか?」という質問です。

お参りのときに僧侶に渡されるお布施やご法礼は、あくまでも「施し」であって「読経料」のようなものではありません。だから明確な「価格」などあるはずがなく、それは「お気持ちにおまかせいたします」というしかないものです。と、これまでの私は当然のこととして、そう思っていました。

けれども最近では「尋ねていることに答えないというのは不誠実なことだ」と考えられる方もいらっしゃるようで、なるほどそれもそうだと、考え直すようになりました。

お寺の方から「お経の価格」を請求するというのはありえないことだと思いますが、大体でもいくらぐらい必要なのかが分からなければ、お寺に読経をお願いすることもできません。

値段の書いていない寿司屋さんにはなかなか入りにくいのと同じで、どれぐらいの予算が必要かの見当がつかなければ、お寺に仏事を依頼していいのかどうか、迷われるのも当然だと思います。

 

本来の「布施」とは仏道修行のひとつで、自らの所有を他者のために喜び捨てるという、自主的な施しのことをいいます。

在家の方々は「財施(ざいせ・財物による施し)」を、僧侶は「法施(ほうせ・仏法を説くことの施し)」をするという、相互による施し合いの関係がそもそものあり方です。

 

布施には「無財の七施」といわれるものもあります。

①眼施:やさしい眼差しで見る

②和顔施:笑顔で接する

③言辞施:和やかな言葉遣いをする 

④身施:体をつかった奉仕をする

⑤心施:和の心で供養を行う

⑥床座施:席を譲る

⑦房舍施:宿を提供する

という仕方で、お金をかけずに布施の修行を勤めることもできるのです。

 

心のあり方こそが大切だということは、必ずおさえておかなければいけないとして、かといって、お寺にお金が必要ないわけではありません。宗教法人である寺院を運営して、その施設を維持管理していくためには、やはりお金は必要です。

お寺を管理している住職の家族がそこで生活できなければいけないし、お寺を次世代に継承するには、若い人がお寺に就職できるほどに法人の経営が安定している必要があります。

 

 

そこで、寺院経営の課題に対して慶集寺がとった方策は、まずは「慶集寺門徒会」にご入会いただくことを前提として、仏事の依頼をお受けするというやり方です。

⑴門徒会にご入会いただいているかぎりは、門徒会で共有される寺院施設を維持管理していくために、会内で設定された費用の取り決めには、一律で必ずお願いいたします。

⑵その上で、お布施やご法礼に関しては、社会一般的に妥当と思われる額面を、門徒役員会の調査と討議のもとに設定し、門徒会内の参考額としてお伝えすることといたします。

⑶そしてまた、永代的な寺院施設の護持発展のために、可能な限りのお志のご協力を門徒会より併せてお呼び掛けさせていただきます。

 

寺院運営に関する法人会計からの支出には、寺院施設に住まいしてそれを管理し仏事を執行する「寺族(じぞく・住職・坊守の家族)」への給与があります。門徒会員の皆様方から施されるお布施やご法礼のなかから寺族の給与が賄われているので、これから将来的に寺族による慶集寺の承継を遂行していくためには、門徒会員の皆様方からの「お気持ち」こそが頼りとなります。

 

寺族の継承だけではなく、門徒会員の承継、つまりは「家の承継」も、これからの大きな課題です。これまでは当たり前なこととされてきた「家墓の承継」が、今後はどの家にとっても課題となることが予測されるように、「家と寺」に対する感覚は、時代の移り変わりとともに変化しているようです。

 

現在の門徒会員からその縁者によって、入会が無理なく無事に継続されることで、ようやく門徒会の安定、ひいては慶集寺という宗教法人の安定となります。

慶集寺が安定して存続していることが、門徒会員の方々の「心の安定」につながるように、寺族はそれを勤めなければいけません。

お寺が「お金もうけ」をすることはなくても、やはりお金は必要なものであって、前向きな気持ちでそれに取り組むことこそが、大切なのだと思います。

互いに気持ちを通わせ合うための「手段」として無理なく無駄のないやり方で、お金を「用いる」ことが大切なのだと思います。

誠実にお金と付き合うことは、誠実に他者と付き合うことなのだと思います。

寺族と門徒入会者とその縁者が相互理解を深め、共に次世代へと引き継がれていくことを、心より念願いたします。